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2010年7月

2010年7月 7日 (水)

同友会福友支部、いろいろ探検隊「ケーキハウスan」訪問記

An033 福岡県中小企業家同友会・福友支部の「いろいろ探検隊」に参加して、有限会社ケーキハウス・アンを訪問しました。

松永社長(以下、同友会の習わしに従い松永さんとします。)には、ご多忙のところ、一時間にわたって熱弁をふるっていただきました。

14年前に香椎駅前に1号店を出店されて以来、売上高の追求、他に類を見ないお菓子作りへのこだわりで、急速に業績を伸ばされたそうです。

気がつくと、寝るまもなく働く毎日、スタッフだけでなく松永さんご自身も疲弊されてい行ったそうです。

「こんな生活は人間の生活ではない」と気づき、売上高至上主義を転換、スタッフの幸せのため、教育に注力されてきたそうです。

方針変更には、不満がつきものですが、特に教育は、一見、直接自分の利益にならない迂遠の方法に写ったようで、幹部社員の確執や従業員の大量退職といった事態もあったそうです。

An100615_161256 現在№2の腹心のスタッフの方と「二人になってもやる」と励まし合って、窮地を乗り切られたそうです。価値観を同じくする腹心の存在は大きな力となったそうです。

以降、従業員の採用については、価値観を共有できるか?どうか?が判断基準となっているそうです。

会場の会議室には、経営指針をはじめ、松永さんの夢やメッセージが、ところ狭しと壁に張り出されています。

その思いの強さを感じ、その無骨なまでの発進力は素晴らしいと感じました。

お話のあと、ケーキをごちそうになりましたが、さすがに美味しかったです。

左党の私ですが、愉しまさせていただきました。

松永さんに感謝です。

An_img_4214 また、今回の企画をしていただいたいろいろ探検隊ブロック長のカラービジネスラボ・片山孝子さんには、さらに感謝を申し上げたいと思います。

後日、訪問内容をまとめた「いろいろ探検隊のお宝通信」を送付いただき感激しました。

A4びっしり2枚に渡り、詳細なレポートをいただいたうえに、次回の探検隊のご案内まで、本当に頭が下がります。

本当にありがとうございました。今後ともよろしくお願い申し上げます。

7月16日に来春大学卒を対象に採用試験を実施します。

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来る7月16日9時30分より、FRCビル2階会議室にて、来春大学卒者を対象に、採用試験を行います。

弊社の経営理念に共感し、プロフェッショナルを目指す方を求めます。

現在の知識や経験は問いません。荒削りでも、勇敢なチャレンジャーよ、来たれ!

経営理念 「 人を活かし、企業を伸ばし、地域社会を元気にする!」

我々の使命は、日本中の中小零細企業に人事・労務マネジメントを浸透し、その経営者と従業員、外注先を幸せにし、地域社会を元気にすることである。

1.我々は、高度な人事労務管理サービスの提供を通じて企業の存続・成長・発展に貢献する戦略型アウトソーシング企業である。

2.我々は、浮利を追わず、「人」の深い理解と「経営」実践により、社会に貢献する。

3.我々は、相互扶助と相互研鑚の精神を共有するプロフェッショナル集団であり、真にWin-Win-Win(経営者、従業員、世間の三方よし)を実現する職場を創造する。

2010年7月 5日 (月)

ワールドカップ考② 兵ハ詭道ナリ

Img_4194 2010FIFAワールカップ・アフリカ大会で、孫子の兵法でいうところの正に「兵は詭道なり」を具現化した場面がありました。

グループD、日本対デンマーク戦前半30分に決勝点となるゴールを、遠藤選手が決めた場面です。

本田→大久保のワンツーからの飛び出しに、オランダのディフェンダーが堪らずファウル、ゴール正面で得たフリーキック。

前半17分には、同じくフリーキックから本田選手がゴールを挙げており、当然、今回も本田選手が蹴ものと誰もが信じていました。

アナウンサー、解説者、カメラマン、観客、テレビ観戦者は当然として、同じピッチに立ったオランダ代表の選手、果ては日本代表の選手まで、「ここは本田」と一致していたのではないでしょうか?

遠藤・本田の両選手の他に何人が知っていたのでしょうか?何万にという観客、テレビ観戦を含めると数千万の人々が見事に欺かれたのです。

実際に、テレビのニュース番組で、右サイドの攻撃的MFの松井選手は、「全然知らなかった。本田が蹴るものと思っていた」と認めています。

孫子は、戦争は欺し合いで、「ソノ無備ヲ攻メ、ソノ不意ニ出ヅ。」ことが勝利を納める方法だと言っていますが、ドンピシャはまったわけです。

ビデオを見返してみますと、どう見ても遠藤選手が蹴る間合いなんですね。

ところが誰もそう見えなかった、先入観がいかに人の目を眩ませるか、教訓にしたいと思います。

決勝進出を賭けた重要な局面、ほんの十数秒のやりとりで決断した遠藤・本田の両選手の戦術眼に脱帽です。

両選手が勝るとも劣らないフリーキッカーの名手であることがこの戦術を可能にしたのですが、戦技の裏付けのない戦術はないことを雄弁に物語っていると思います。

孫子の時代には、兵=戦争が主たる課題であり、ビジネスであったのでしょう。孫子の兵法が、ビジネスの世界でも語られる古典である所以ですが、その原理原則を思い起こさせてくれるスポーツって本当にいいものですね。

2010年7月 1日 (木)

ワールドカップ考①温故知新

Img_3996「 ローマは一日にして成らず」とはよく言ったもので、サッカーワールドカップ2010南アフリカでの侍ジャパンの苦闘と活躍は、代表チームのみならず日本国民が築いてきた歴史、体験の成果だと思います。

ドーハの悲劇、もっと言えば1985年のアジア最終予選で木村和司のフリーキックが一矢を報いたあの日韓戦以来、悔しさとともに醸成された集団知の賜物かも知れません。

ドーハ世代=日本で最初のプロのみで構成された代表を率いたのは、オランダ人のハンス・オフト氏です。

日本人が最初に体感した外人代表監督といってよいのでしょうか。

彼が代表チームに徹底しようとしたことは、
①アイ・コンタクト
②トライアングル

の2点で、プロとしては極めてシンプルなことだったそうです。

アイ・コンタクトとは、動き出しの前に、お互いが目と目で合図を交わすこと、つまり、あ・うんの呼吸というやつで、ノンバーバル(非言語)・コミュニケーションの最たるものです。
このためには、チーム戦術に対する深い理解と実戦を通じたチームメイトへの信頼が必要となります。プロフェッショナルであっても、組織が機能するためには、コミュニケーションと相互理解が大前提だということでしょう。

司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」に、日露戦争当時と第二次大戦当時の日本軍の作戦指令文を比較して、前者の方が簡潔で無駄な修飾語や判断を迷わせる条件など一切無かったと指摘されています。

日露戦争当時の作戦指揮は、陸軍はドイツ・メッケル戦法=児玉源太郎、海軍は英米・マハン=秋山真之で統一され、参謀本部から前線指揮を執る士官まで浸透していたとの指摘もあり、勝ち戦と負け戦の差と単純に語れないと思われます。

やはりコミュニケーションは言語を超えるまでに高められる必要があのでしょう。

トライアングルは、攻めにも守りにも選手が有機的に三角形を構成することを意識し、一人=点、二人=線を越え、三角形の面として戦うことを説いたものです。

サッカーも地表面だけではなく、立体的に行われますが、基本は三角形から始まる面なのでしょう。

やはり三角なんですね。

今、企業や組織の有り様を論じるとき、対峙する当事者だけでなく、第三局を考えよう努めています。

一企業の中であれば①経営者②従業員③外注・協力会社とか、商品やその業界ですと①買い手②売り手③世間・競合他社とか、言った具合です。

こう考えていくと、部分最適でなく、全体を見渡し将来にわたる息の長い選択ができるような気がします。

サッカー・ワールドカップから、話が飛んで、「あやしうこそものぐるほしけれ」ですが、色々なこと考えさせてくれるスポーツって、本当によいものですね。