フォトアルバム
Powered by Six Apart

« 先達に聴いてみよう!第5回 ロゴブランドクリエイター 根本和幸さん | メイン | チャレンジャー登場 第8回 『美賢女子』コンサルタント 川平麻稀さん »

2012年9月12日 (水)

先達に聴いてみよう!第6回 春日助産院 院長 大牟田智子さん(前編)

Photo_5

 福岡のベッドタウン・春日市で創業47年、母娘二代にわたる春日助産院院長・大牟田智子さんの登場です。「自然分娩」と「母乳で育てる」をプリンシプルに掲げる同院では、月に十名前後の赤ちゃんが元気に産声を上げています。少子高齢化といわれて久しいですが、その原点は妊娠・出産に始まる母子関係に遡ります。最前線で活動されている先達にお話しを伺いました。

 高三夏休みの急転、助産師を継ぐ決意を固める

 先代であるお母さんが開業された1965年は、既に病院分娩が病院外分娩を上回り、将来性の観点からご親戚の方も反対されたそうです。先達も継ぐつもりはなく、栄養士を目指して付属の高校に進学されました。 

 ところが、高校三年生の夏休みに転機が訪れます。看護師の方がご家庭の事情で長期に休暇をとられたため、先達はにわか助産助手として先代と仕事を共にされます。そのときの体験は「母(助産師)と母(生む人)の信頼関係、もう恐れ入りました、という感じ。」だったそうです。高三2学期での進路変更、しかも文系から理系ですから先生も驚かれたそうです。一浪の後、看護大学へ進学、助産師を目指されます。

 北里大学に就職、最先端分娩医療を体感

  卒業後、北里大学に就職されます。当時、同大学は「計画無痛分娩」の最先端医療機関でした。最新設備で医師の管理下の分娩は、日曜日夕方の入院、オリエンテーション②前処置→③月曜朝の点滴→④午前中の出産→⑤金曜日退院と変わらぬ手順で進み、まるで工場のベルトコンベアーのようだったそうです。

  帝王切開や未熟児医療など母子の生命を守る医療の凄さ、重要性を感じる反面、施術により女性の身体がコテンパンにされることに暗い陰を感じたそうです。本来、人間も哺乳類、女性は自然に分娩し授乳する能力があるのに、なぜ医療技術や人工栄養に依存することになったのか?先達の中に萌芽が芽生えます。

 帰郷、「世にも珍しいマザークラス」の立ち上げ

  先達は、先代の助産院で働くため帰郷されますが、これを契機に母娘の新たなチャレンジが始まります。若手助産師が集まり、勉強会をスタート。深夜のファミレスで議論を戦わせる日々は、「世にも珍しいマザークラス」として結実します。医療関係者からの批判を受けながらも水中分娩やフリースタイルなど様々な新しい試みに取り組まれたそうです。

 お産の記憶は母子関係に多大な影響を与える

  先達は、「本来、女性は経済などの制約がなければ子供を産みたがるもの。ところが、近頃では母性がもうとうない人の存在も認めざるを得ない。」と仰います。これは母親の世代が幸せなお産をしておらず、お産の経験が、痛い・怖い・孤独感などネガティブな記憶となっているため、母性が子の世代に柔らかく受け継がれなかったからだと指摘されます。現在のお産世代(30歳前後~40歳前後)が生まれた1970年代~80年代前半までは、医療管理型へお産の風景が大きく変わった時季であったことと符合しているそうです。

 逆に彼女らの祖母の世代(90歳代前後)は、お産は楽しい記憶としてあるそうです。日頃の仕事が厳しく、お産で休めるだけでなく、栄養のあるものをいっぱい食べられて、おっぱいを赤ちゃんにいっぱい飲ませられて楽しかったとなるそうです。次代の子供たちに母性が正しく引き継がれるかは、現在のママたちがいかに幸せなお産経験を積むかにかっているようです。

 両極の体験が中庸を生み、幸せなお産に繋がる

  先代の助産院と北里大学での先進医療、この両極を知ることが先達の在り方に大きく寄与していると思います。哲学でいうところの中庸の境地といえるでしょう。示唆に富むお話しが多く、まだまだお伝えしたいことがございます。次号は引き続き後編としたいと存じます。拙筆で恐縮ですが、ご期待ください!

トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://app.blog.bbiq.jp/t/trackback/396776/29785929

先達に聴いてみよう!第6回 春日助産院 院長 大牟田智子さん(前編)を参照しているブログ:

コメント

コメントを投稿