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2012年9月12日 (水)

先達に聴いてみよう!第4回 株式会社エムビーエス 山本貴士社長

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 のぼり・看板等屋外広告のエンドライン株式会社の山本啓一社長が主催されていますFukuoka成長塾に参加させていただきました。第14回を数えるそうですが、「継続は力なり」、大変、素晴らしいと思います。

 ご縁をいただき、感謝しております。

 今回の講師は、株式会社エムビーエスの山本貴士社長です。同社は外壁リフォームの卓越した技術力を武器に創業わずか8年目の20054月、弱冠33歳で福岡証券取引所Q-Boardに株式上場を果たされました。中国地区ニュービジネス協議会会長賞、大前研一氏主催のビジネスジャパンオープン審査特別賞など、受賞歴も多数にのぼる山口県のベンチャーの雄です。

  <裕福な暮らしが一転、一家離散の危機>

 家業の倒産により、一家離散。強硬な債権回収が始まる。裕福な家庭事情は暗転し、いきなりどん底生活へ突入。出生地の山口から関東へ転居されます。

 山本社長は、「貧乏だから」と馬鹿にされないよう勉強にスポーツに人一倍努力されました。そうすることで、世間の目から妹さんを守りたかったそうです。

 指導者に恵まれ、野球の名門校に進み、エースで4番のスター選手でしたが、経済上の理由から高校を中退、トラックの運転助手になり、家計を支えます。

 <テレビの甲子園中継、再び燃え上がる闘志>

 18歳の夏、休日にドライブに出掛けられます。ドライブインで目に入った甲子園のテレビ中継、同級生7名が甲子園に出場し、その活躍を映し出していたそうです。バイトばかりで先の見えない自分と、ひとつの夢を叶えたライバルとの差に愕然、「いったい俺は何をやってるんだ」と絶句、あまりの悔しさに、涙が溢れてきたそうです。それを契機に、社長を目指していた幼き頃の夢を思い出し、熱い心に再び火を灯すことになります。

 <再び宇部市へ、ピケ足場の親方になり反転攻勢>

  山本社長曰く、運良く親友の父の紹介で、大手会社ディーラー・ヤナセに就職、品質管理部でビジネスの基本を学ぶことになります。(山本社長のお話には、「運良く」という言葉がしばしば登場しますが、運を引き寄せる力が半端ではないのでしょう。)これまた、運良くヤングリーダーに任命され通常の数倍のスピードで業務に精通していきます。1年半で退職、退職金50万円を握りしめて、故郷山口県宇部市の地を踏みます。故郷といっても何の伝手もなく、単身での再出発、大家さんが見せてくれた求人広告が縁で、ピケ足場の親方になり、品質管理のノウハウを活かし4ヵ月目には月100万円の利益を上げる迄になられます。

 <二番手は旭化成、外壁リフォームのダントツ企業>

 ピケ足場の現場で耳にしたお客様の苦情をヒントに外壁リフォームを研究、特殊コーティング剤を開発されます。現在では、高速道路の橋桁など巨大構造物にも応用できるダントツ一番の技術を保有し、業界二番手の旭化成に大きく水を空けているそうです。二番手が旭化成ですからスケールがでかいです。

 <自己成就予言、5年後のパーティー会場を予約>

 2000年の誕生日、事業計画を練るため宿泊された宇部全日空ホテル、翌日のチェックアウト時に「5年後の今日、上場記念パーティーをするので、一番広い宴会場を押さえておいて」と予約、その後も毎年誕生日に宿泊、予約の確認を繰り返し、何と予約通り福岡証券取引所Q-Boardに株式上場を果たしパーティーを開催されました。予約されたときはさすがに確信まではなかったと思いますが、「逆立ちしてもできないないなら、逆立ちしてできる方法を実現すればいいんだ」と徹底してイメージし具現化する力が叶えた自己成就予言、思考は現実化する正に実例だと思いました。

 益々のご活躍をお祈りしております。

 

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