フォトアルバム
Powered by Six Apart

« チャレンジャー登場 第9回 NPOいとしま 代表 馬場純子さん | メイン | 歩き初めのグローバルアリーナで売上高アップを考える »

2013年1月 2日 (水)

サンデル教授の白熱教室に中庸を考える。

Img_0017

マイケル・サンデル 5千人の白熱教室[前編] 「すべてをお金で買えるのか」を視聴しました。

前編は、市場原理が社会のありようを大きく支配している今、民主主義の可能性を探ることがねらいだそうです。

市場原理の問題を、ダフ屋という卑近な例を挙げて考えていきます。

最初の質問は「レディーガガのコンサートのダフ屋を認めるか?」です。

回答は必ずYes・Noを表明し、その理由を述べる形です。

聴衆に賛否を問うことでアイスブレイク、賛否双方の代表者の意見を聴くことで会場を二分し一気に議論を活性化します。代表者に同調することで全員が議論に参加し当事者になっていきます。

そこで次の質問。

「医療事情の悪い中国では医者の診察を受ける権利が高値で販売されている。このダフ屋は認められるか?」

一気に議論をシリアスに振ります。

レディーガガから命の値段へ、鮮やかなサイドチェンジです。

Yes・Noで二極化し、質問の質で二極化する。

普段の議論では排除されている「極論」が見事に考え方の違いを浮かび上がらせて行きます。

私は、「中庸」という言葉を思い出しました。

「中庸」は一般に「かたよらず常にかわらないこと。不偏不倚で過不及のないこと。(広辞苑第六版より引用)」と解されていますが、それでは唯の中途半端と誤解され、先達の言葉を解さないものだという指摘もあります。

その本当の意味は、議論を両極に振り、大きな振幅の中で同的な均衡を見出すことだと思います。

大砲の照準を合わせるときに、先ず標的をはるか超える弾を打ち、次に標的の手前に打ち、三発目で標的に照準すると聴いたことがあります。これは、最初から標的そのものを狙って打つと爆風で舞い上がる粉塵のため着弾が確認できず、正確に測距できなくなるからだそうです。

これと同じことが議論にも当てはまるのでしょう。

哲学者たるサンデル教授は、アリストテレスや孔子に通じる中庸の概念を活用し授業を組み立てられていると感じました。

ビジネスの議論においても、「過不足なく偏りのない」結論を導き出すために、真の中庸を意識することが必須となります。

このことをどう自分に取り入れお客様に価値を提供できるか、問うて行きます。

明日は、後編「これからの日本の話をしよう」が放送されます。番組自体は再放送のようですが楽しみです。

トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://app.blog.bbiq.jp/t/trackback/396776/30712167

サンデル教授の白熱教室に中庸を考える。を参照しているブログ:

コメント

コメントを投稿