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2013年7月

2013年7月24日 (水)

株式会社フォルテシモ福岡オフィス フィナンシャルプランナー 元木景子さん

 

女性がM字カーブを再び登るとき、様々な問題に直面する現実があります。

 

元木景子さんは三児の母でありM字カーブの底から仕事に再チャレンジした一人、チャレンジャーの資格十分とみました。

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【順風満帆のOLライフ】

 

元木さんは地元の高校を卒業し福岡女学院短大に進学、天真爛漫なキャラを活かして学祭の実行委員長を務めるなど大活躍、楽しい学生生活を送ります。平成バブルの大波に乗って老舗企業に就職しますが経理の仕事が合わず、働きながらインテリアコーディネーターの専門学校に学び照明メーカーに転職します。営業の仕事は楽しく、会社からも適性を認められ同社初の女性総合職に選抜されるまでになります。

 

 

【子育てに専念した十年間】

 

元木さんは結婚、長男の出産を機に退職、M字カーブを下ります。

 

子育てに専念、二男一女に恵まれ完全母乳で育て上げるなど母として充実した日々を送ります。子どもたちが成長しそれぞれの個性や才能を発揮し始めると夢が広がって行きます。夢の大きさは、喜びと共に教育費の不安として徐々に陰を落とし始めます。そんなとき、生命保険会社主催のマネーセミナーに参加し教育資金の不足を煽る内容に不安に火がつきます。

 

 

 【再び仕事に挑む】

 

パートタイマーとして仕事に復帰した元木さんですが、転機が訪れます。外資系保険会社でトップセールスだった幼馴染が法人代理店を設立するので手伝って欲しいとの誘いです。元々営業に自信があり、子ども達との時間を確保しながらもっと効率よく稼ぎたいと思っていた元木さんには渡りに船の提案でした。しかし、この選択は元木さんを不安を煽る側に立たせることになります。

 

【訪れた転機】

 

元木さんにとって法人代理店で若い外交員の姉貴分として働くことは楽しく、営業も順調だったそうです。保険の知識が深まり、FPの勉強をするに連れ、ニーズを喚起し不安を煽る営業手法に違和感が芽生えます。

 

初めてのマネーセミナーでの感じたザワザワと波立つ気持ちが蘇り、「私のお客様には、こんな気持ちを味あわせない」と決意します。

 

 

フィナンシャルプランナーとして立つ】

 

元木さんは今春、株式会社フォルテシモに移籍、福岡オフィスのFP仲間と共に、お金に関する正しい知識を楽しく学べるセミナーを開催されています。セミナーでは、国の社会保障制度など安全安心の仕組みを先ず説明し本当に必要な商品、サービスを提供するFPとしてお客様に寄り添う姿勢を大切にされているそうです。

 

 

 

M字カーブの底を脱した先輩として知識や経験を広く後から来る方にフィードフォワードしていただきたいと思います。益々のご活躍をお祈りしております。

 

 

 

 

チャレンジャー登場!第12回 学校法人国際学園所属 ハンドサイクリスト 永野明さん

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永野明さんは、1975年生まれの37歳、ハンドサイクリストとして北海道・宗谷岬~鹿児島・佐多岬(約3500KM)完走などの豊富な実績があり、2016年にブラジル・リオデジャネイロで行われる「リオデジャネイロパラリンピック」に「ハンドサイクル」(自転車競技)で日本人として初出場を狙っています。永野さんの挑戦の軌跡と今後の展開を取材しました。

 

【トッパ・アスリートとして】

  永野さんは、1歳半のとき脳性麻痺と診断され、下半身にハンディキャップがあります。しかし、そのハンディキャップをものともせず、プロレス団体を主催するなどして積極的にスポーツに取り組んでこられました。現在では、「全ての壁をとっぱらい自分の壁さえも突破する」という信念からトッパ(突破)アスリートを標榜し活動されています。

 【ハンドサイクルとの出会い】

  19歳で上京した永野さんは、29歳のときにハンドサイクルに出会います。24時間テレビで40代の男性がハンドサイクル(手こぎ自転車)に乗って100㎞を走破する姿を目にし、「20代の僕ならもっと出来るはず」と思ったことがきっかけだそうです。思っても行動に移せない人が多いと思いますが、そこが永野さんの異彩を放つところ、ある企画を胸に準備を始めることになります。

【TE-DEマラソン 東京~福岡間1,200㎞に挑戦】

  永野さんはハンドサイクルとの出会いから三年の準備を経て、TE-DE(手で)マラソン2008と称し、東京~福岡間1,200㎞に挑戦し、見事10日間で完走します。素晴らしいと思うのは、挑戦に先立つ2年前、この企画を発表し記者会見までして退路を断ったそうです。決断と継続はビジネス成功の要素とも言われますが、正に両方揃っての快挙でした。

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【訪れた転機、世界に挑戦、パラリンピックを目指す】

 

 永野さんは、2010年に九州一周1000KM完走、2011年に日本縦断3500KM完走と立て続けに結果を出していきます。この間の永野さんは「自分に挑戦する、自分に勝つ」という強い思いが原動力になっていたそうですが、達成感と共に転機を迎えます。

 

 「国内にはもう走るところがない。海外でも走るか?」

 

 永野さんは、気の置けない仲間たちに向かってそう問いかけたそうです。

 

 「今までは自分との戦い、これからは他人と競うことも考えてみたら?」

 

 ある仲間からの助言ですが、永野さんの心の中で点と線が一つになりハンドサイクルレースでの世界挑戦に結びついて行ったそうです。ハンドサイクルは2008年からパラリンピックの種目となったそうですが、ご縁というのは偶然でなくやはり必然なんだと感じます。

 

 リオデジャネイロパラリンピックまで1200日を切りました。大きな夢に向かう永野さんの益々の精進と活躍を期待しております。

 

 

チャレンジャー登場!第11回「一般社団法人障害者自立支援協会 副理事 中尾利彦さん

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中尾利彦さんは、二年間勤めた大手家具量販店を退職し、今年四月より一般社団法人障害者自立支援協会の副理事に就任しました。弱冠24歳ながら強い信念と抜群の行動力で驀進する姿は、チャレンジャーの資格十分と見ました。中尾さんの軌跡と今後の展開を取材しました。

 

FUKUOKARUNNERSを立ち上げる

 

 中尾さんは西南学院大学4年生の時に入部した企業取材サークルFUNでの取材活動をきっかけに福岡の夢や目標に対して挑戦し続けている人を発信する団体FUKUOKARUNNERSを立ち上げます。これまでにNPO法人九州プロレス理事長の筑前りょう太さんや株式会社アニメートエンタープライズの野津浩嗣社長など25名の方へ取材し、その活動は西日本新聞にも取り上げられました。

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中尾さんは、FUKUOKARUNNERS の設立の目的をこう語ります。「一つは、活動を一緒にともにする学生と取材を行う中で、様々な価値観に触れ新しい発見や将来の自分のイメージ探すこと。そしてこれまで夢に向かって走り続けている方の素晴らしい活動を同世代に知ってもらうことです。」

 

 中尾さんは、今後とも、この活動を継続し、一人でも多くの人に「将来につながる何か」を提供していきたいと考えているそうです。

 

障がい者支援事業の立志

 

 中尾さんは、大学の授業で障がい者の子を持つ母親の「私がこの世を去る時に息子も一緒に天国に連れていきたい」というスピーチをきっかけに30歳で起業し収益モデルの確立された会社を作り、35歳で障がい者を雇用できる体制を整え働ける環境を拡大して行きたいという大きな夢を描きます。

 

先輩との出会いで十年早まった起業

 

 中尾さんは、大学卒業後、ビジネスセンスを身につけるため、敢えて一般企業に進路をとりますが、昨年の11月に大きな出会いが待っていました。

 

現在の理事長が、Facebookで障害者自立支援協会の立ち上げについて発信していたのを目にし、メッセージを送り、障がい者の雇用問題だけでなく不安を抱える高齢者の問題解決もできると知り、その場で立ち上げに参画することを決断しました。

 

福岡市との共同で「あんしん電話事業」を展開

 

あんしん電話事業は、独居高齢者や高齢者世帯に安否確認を電話で行い、その様子を家族にメールでお知らせするもので、お客様の話の相手をつとめるのは「障害者自立支援協会」認定のオペレーター(障がい者の方)、つまり高齢者には「暮らしの安心」を、障がい者には「働く喜び」を得ることが可能になる一石二鳥のサービスです。

 

多忙を極める中尾さん、事業が一日も早く軌道に乗りますようエールを送ります。

 

 

 

一般社団法人障害者自立支援協会

 

http://www.shogaisha.org/

 

 

 

FUKUOKARUNNERS

 

http://ameblo.jp/fukuoka-runners/

 

 

 

 

2013年7月23日 (火)

松田修社会保険労務士・行政書士事務所のスタッフ募集

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松田修社会保険労務士・行政書士事務所では、業務拡張と欠員補充のため、スタッフを募集します。いずれもハローワーク経由で応募ください。よろしくお願いします。

① 若者チャレンジ(35歳未経験者・6ヵ月育成プログラムあり
② 内勤主任(実務経験3年以上)

※詳細はハーローワークのホームページで公開しています。

先達に聴いてみよう! 第13回  株式会社ボニーフ 代表 友谷美千代さん

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M字カーブとは、女性の就業率の年齢による変化の特徴を表した言葉です。女性の就業率は出産のため三十歳前後を底に下がり、子育てが一段落すると共に再び職に就くことが多いため、グラフにするとMの字のような軌跡を描くことを指します。

 

 M字カーブを登り広告ディレクターとして鮮やかに転身された友谷美千代さん、ご縁を引き寄せる自然体は美しく魅力的です。ご自身でプロデュースされた「My米ぬか塩石けん」「酒麹塩石けん、伊都の勾玉」は美肌の味方として大評判です。

 

 糸島のご自宅の海を望む絶景のリビングでインタビューさせていただきました。

 

ママ友のご縁から道がひらく】

 

 先達は、小学校区のママ友のご縁で、テレビの教育番組の電話オペレーターとして仕事を再開されます。視聴者からの質問に有識者が答える番組で、当初は後方で視聴者の電話を受けて取り次ぐお仕事だったそうですが、視聴者の相談に回答されるようになり、プロデューサーの目にとまり、コメンテーターとして番組に参加されるようになったそうです。

 

 ドラマのヒロインような展開ですが、先達は「あれがしたい、これがしたいと思ったことはありません。流れに逆らわず、自然体、それがよかった」と仰います。

  

 【子育て修了、広告代理店へ】

 

 先達は、子育てを終え、45歳から広告代理店で社員として働き始めます。西部ガスや九州電力が提供するTV番組の主婦レポーターとして15分番組の企画・制作・取材を2年間なさったそうです。「お宅拝見」や「特別な知識や技能をお持ちの方」の取材を通じ、様々な方と出会い、ますます良い流れをとらえ波に乗られます。

 

企画・イベントに心を吹き込む】

 

 ミセス向けの情報誌の企画、編集を経て、イムズの「お米ギャラリー天神」の仕事を一手に引き受け、企画・イベントの仕事に取り組まれることになります。同ギャラリーは、全農と国がお米消費拡大のために設置したものですが、毎月3本のイベントがあり、翌月3本の仕込み、翌々月3本の企画立案を含めると同時に9本のイベントを進行させる超多忙の日々を何と17年間もお続けになります。企画の秘訣をお尋ねすると「イベントの仕事で大切なことは、アイデア、提案、心の三位一体。この仕事を受けたら私のハートは喜ぶかな?楽しいかな?必ず自問自答してイベントに心を吹き込みます」とのこと、得たい感情からビジネスを設計する、至言だと思います。

 

 

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My米ぬか塩石けんをプロデュース、ライフワークに】

 

 お米ギャラリー天神のご縁で、米ぬかを石けんの素材として着目、天然塩のミネラルと結びつけ、不可能といわれていた製品化に成功されます。先達は石けんの専門知識をお持ちではありませんし一つの奇跡だと思います。現在では「My米ぬか塩石けん」「酒麹塩石けん、伊都の勾玉」の企画・販売を通じて喜びの輪を広げることが先達のライフワークの一つだそうです。

 

「何事にもとらわれず自由に発想しアイデアを結びつけていく。流れに逆らわず、ありのまま自然体で自分のハートが喜ぶ仕事をすれば、節目節目に人の助けがある。とても感謝しています」

 

 

 

 追い求めず引き寄せる秘密は、先達の自然体の在り方にあるようです。

 

 先達のますますのご健勝、ご活躍をお祈りいたします。

 

 

 

my米ぬか塩石けん HP

 

http://www.komenuka-shio.com/